患者体験談

体験談

アニータ ・ディミトロバ& ステファン・バーザコブ 私の息子、ステファンは、体重の増加が停滞したため妊娠38週目、2550gで生まれることとなりました。  出生後、ヘモグロビンが非常に低下していたため輸血をしました。その後、数日間入院をし、帰宅となりました。  しかし残念なことに、帰宅後数週間で黄疸が現れ、黄疸は2ヶ月目経っても引くことがありませんでした。毎日5mlのブドウ糖を与えるよう小児科より指示がありましたが私はとても心配でした。  その後、入院し、血液検査をしたところ、ビリルビン値が高く、低血糖、低ヘモグロビンであることがわかりました。生後2ヶ月で2回目の輸血をしましたが、血液を受け入れず、頭や体中に発疹が出て、輸血は中止されました。さらに血液検査を行ったところ、肝酵素の値が悪く、またガラクトース、アルギニン、シトルリン、メチオニンの値が非常に高いことが判明しました。その結果、ガラクトース血症という診断が下され、母乳育児の停止の指示と乳糖フリーの粉ミルクの処方を受けました。    退院後もなお私はステファンが心配で、これが正しい診断であったのか不安でした。定期的に血液検査を行いましたが、シトルリンとメチオニンの数値は高いままであったので他院でセカンドオピニオンを受けることにしました。そこで幸運にも病態を真摯に考えてくださる医師に出会い、診断の間違いの可能性を指摘され遺伝子検査をしていただく事となりました。  遺伝子検査の結果、NICCDという新たな診断がつきましたが、事態は一向に好転しません。それは息子がわが国初の症例であり、シトリン欠損症について誰も知らないということが判明したからです。この病気についての情報がとても少なく、誰もどう治療すればよいのかわからない状態でしたが、私はネットでシトリン欠損症に関する医学論文を見つけ、著者に手紙を書くことにしました。返信が来たときはとても嬉しかったです。こうして、佐伯先生と定期的にお話する機会がうまれ、その間先生は、食事に気をつけること、砂糖や炭水化物を多く含む食品を避けることをアドバイスしてくださいました。  自宅療養であり、またステファンは私が用意したものをなんでも食べてくれたので、この食事療法に従うのは容易い事でした。感染症は病状を悪化させる可能性があるとのことで3歳までは自宅で過ごしました。  4歳からは幼稚園に通うようになりました。シトリン欠損症について、またそれが彼の人生にどのような影響を与えるのかまだほとんど知らないまま人生の新しいステージを通過することは当初は非常に困難でした。幼稚園提供される食事の中でやりくりすることは難しく、初めての低血糖も経験しましたが、徐々に色々解決をしていき、先生方からサポートいただきステファンも園生活を楽しめるようになりました。  園生活一年目に入ると血液検査の結果は安定し始めましたがコレステロールの上昇が認められ、医師から乳糖フリー乳製品とアルギニンやオメガ3の摂取を勧められました。約1年でコレステロール値は正常化しました。  小学校に通うようになりと食事の管理が大変になり、成長に合わせて食事を調整しようにも栄養士がいないため適切な食事管理を行う事が難しかったです。運動量も増え友達とサッカーをするようになるとすぐに疲れるようになり、以前より食べる量も増えました。対策として毎日の食事にMCTオイルを追加し、学校用の間食を用意しています。   私たちは幸運にも無条件に手を差し伸べてくれる人たちに出会うことができました。私たちを導いてくれたシトリン財団にはとても感謝しています。彼らの存在はとても貴重であり、シトリン財団があってこその生活だと感じます。 

あの電話を忘れることなく

ジェフ・サオ&サンドラ・テクシェイラ夫婦 私たちの娘は出生体重1446g、34週という早産で生まれました。すぐにNICUに入りましたが、私たちはこれが最難関でこれさえ乗り切れば、と思っていました。  ある日、NICUへ立ち寄る途中新生児マススクリーニングの異常所見について連絡が入りました。私たち夫婦は理系出身ですが、シトルリンについてはあまり気にしたことがありませんでした。その後の数週間にわたる苦悩の道のりは、語りつくせないほどです。その連絡とはシトルリンが異常値を示しており、これはシトルリン血症I型またはII型(=シトリン欠損症)であり、またこの2つの型の治療は非常に異なる、という内容でした。II型は当時娘を治療していた医師にはほとんど知られていないものでした。II型と確定するには遺伝子検査しかなく、それには3週間ほどかかるともいわれました。その間何も治療をしなければ予後が悪くなるとの事で、まずI型の治療が始まりました。しかしその治療はタンパク質制限が必須であり、代わりにその分のエネルギーを炭水化物で補うことになりました。またそれから数週間、毎日幾度も採血をし、アンモニア濃度を計測する事にもなりました。  妻も私も文献を読みあさり、そして娘はシトルリン血症I型ではなくシトリン欠損症の可能性が高いのではないかと思い始め、佐伯先生にコンタクトをとりました。佐伯先生はすぐにアメリカ国内で当時勤務していた大石先生に連絡を取って下さり、そして大石先生との電話で私たちはこの病気は対処が可能であり、娘は人生を全うする事ができる、という希望を持つことができました。診断とそれに伴う治療に変更した結果、娘は回復への道を歩み始め、早期に退院する事が出来ました。現在娘は元気で好奇心旺盛な3歳半です。  私たちは患者や家族のためにこのような情報を提供し、世界中の医師間でシトリン欠損症の知名度を高め、研究支援を通し治療法開発に力を注ぐシトリン財団に心から感謝しています。  私たちは是非他の患者家族とつながり、学び合い、経験を共有していきたいと思っています。娘が成長するにつれ、他のご家族がどのようにお子さんに説明をし、社会におけるプレッシャーに対処し、自分にとって正しい心身のバランスを見つけられるようサポートをしているのか、ぜひ教えていただきたいと願っています

幼少からの違和感の答え:子供が教えてくれたシトリン欠損症

患者談 娘が生後2ヶ月の時に胆道閉鎖症の疑いで緊急入院となり、確定診断の為の手術をして胆道閉鎖症は否定。その後にシトリン欠損症の疑いがあると医師からお話がありました。   シトリン欠損症について説明があった時、私の幼少期からの食癖・低血糖・炭水化物の過剰摂取での体調不良等シトリンの食癖体質と完全一致しており驚きました。  私自身は勿論、両親も【シトリン欠損症】を知らなかったので、私の食の好みは変わっていると思われているだけの子供でした。主食は好まない、代わりにいつも牛乳ばかり。食材としてお魚お肉お野菜は大好きでよく食べるけれど、調理方法によっては食べられない。一般的に子供が好きなお菓子やフルーツ、カレーは苦手で、チーズ・あたりめ・サラミ・ナッツ類は無限に食べていたいくらい好きでした。(現在も)  辛かったのは主食を食べられないことを誰にも理解してはもらえず、食べきるまで食事の時間が終わらなかったことです。幼少期は痩せっぽっちでしたから、尚更しっかり食べなさいと言われていました。  あとは幼稚園や小学校等のお楽しみ会やクリスマス会は絶望的に嫌いでした。ケーキやジュースが出てきますし、子供心に皆が好きなものを嫌いということが恥ずかしくて無理して一生懸命食べて、トイレで吐いたりしていました。  無理して食べた後は身体が火照るような怠いような体調に不調が出ること。でもそんなことを誰にも言えずに過ごした幼少期でした。  また、突然襲ってくる低血糖(今思えばですが)もとても苦しかったです。怠くて動けなくなったり、お腹が痛くなったりしましたが、食事と因果関係があると幼い私自身が気付くまでは時間が掛かりました。  お腹が痛くて怠いのに、揚げ物が食べたくて仕方がないことや、とにかく牛乳が飲みたいこと、サラミやウインナー、油多めで焼いた卵焼きが食べたいと言うと、大抵の大人は『お腹が痛い時にそんな物を食べてはダメよ』と止めます。なので、4歳頃からは自分でお料理をしたり、自分が食べたいものを自分で支度するようになりました。  シトリンと診断を受け【自分で食べたいものを支度出来る環境で良かった、そうやって体調の変化に対応してきたのでしょうね】と医師に言われました。  これまでの成長過程や食癖、色々な状況や体調変化を統合して今思うことは、身体の声は正直であったと云うことです。好き嫌いの嗜好とは違い、食癖の食べられる食べられないの感覚の違いは子供の頃から感じていましたので、確定診断がついた時は自分の身体の声を信じて貰えた喜びが大きかったです。  娘が身を以て私に知らせてくれた【シトリン欠損症】は、私が私の身体に正直に、胸を張って周囲に伝え理解を仰ぎながら生きることを許された機会となりました。  より健やかに生きる為に自己管理しながら、生活していきたいと思っています。 

シトリン欠損症の二人のこども

患者談 以下はお寄せいただいた個人の体験談です。必ず主治医と相談し適切な判断を仰いでください。 私の子どもの姉弟が二人ともシトリン欠損症です。 私の体験を読んでいただくことによって、少しでも参考や励ましに繋がっていってもらえたらと思います。 母親の私自身は今まで病気らしい病気とは無縁で、歩荷(ぼっか)という山小屋の荷物を担ぐアルバイトもしていたこともあって出産は「どうにかなる」と安易に考えていました。 しかし破水してから1週間産まれず、心拍が微弱になったため緊急帝王切開で娘は産まれました。 生後よく吐くため、1ヶ月検診のときと、治験に参加していたので生後2ヶ月の問診のときに医師に伝えましたが、特に何も言われずに過ぎていきました。私の母はちょっとお腹の見た目がおかしい、ぶよぶよしている、こういう子は見たことないと言っていました。 生後4ヶ月のころ、その頃はよく耳の後ろを掻いていました。足の付け根あたりのそけい部が盛り上がっていて、ヘルニアのようだったので近くのクリニックで診察してもらうと「ヘルニアはオペでうまくやってくれるけど、このお腹のかんじはおかしい」と母と同じ事を言って、近くの大学病院への紹介状を書いてくれました。その頃はおそらく腹水で押されてヘルニアになっていたのでしょう。次の日に大学病院で採血してもらい、肝機能やアンモニア値が高く、即日入院になりました。 原因は「乳び腹水」と言われたり、サイトメガロウイルスに感染していたりしたので「サイトメガロ肝炎」かもと言われました。しかし原因は突き止められずに何ヵ月も肝機能障害が改善せず、移植をしたほうがよいのではないかと主治医からお話がありました。生後7ヶ月で移植のための病院へと転院、移植オペの前日にシトリン欠損症と判明しました。転院先の病院からの追加検査の中にシトリン欠損症の遺伝子検査が含まれていて、やっと病名が判明しました。 原因不明での移植と言われておりましたが原因もわかり、シトリン欠損症は移植することによって完治と聞き、少しホッとしました。生後8ヶ月で肝臓移植となりました。 移植後は順調に回復し1ヶ月で退院。 1年ほど経つと次の子はどうしようかと考えるようになりました。 病院を介して知り合った臨床心理士さんに相談して自分の気持ちに気付き、妊娠を目指そうと前向きに考えられるようになりました。私自身の病気で手術もしましたが、その後に妊娠。 出産は娘の移植をした国立病院に決めました。出産前に遺伝子科を受診し、出産してすぐに遺伝子検査をすることをお願いしました。 産まれてすぐの肝機能は正常値。マススクリーニングもすべて陰性だったため、新生児科の先生からシトリン欠損症の可能性がないので、遺伝子検査をしなくても良いのではないかと提案がありました。私はマススクリーニングが陰性であってもシトリン欠損の場合があるので遺伝子検査を希望しましたが「娘さんが産まれた5年前のマススクリーニングより性能が上がっている」との説明を受け、遺伝子検査を受けないことを了承しました。しかし、納得がいかなく不安だったので夫と相談して、受けないことを了承したその日に再度遺伝子検査をお願いしました。しかし、検査のための採血はすぐに出来なく、かなり遅れることになってしまいました。 生後1ヶ月検診では肝機能は上昇していました。顔の黄疸が出ていること、便が生後3週間後から白くなってきていることを伝えましたが、様子見でとのことでした。次回の採血は1ヶ月後で大丈夫と言われましたが、移植外科の先生にも相談させていただいて10日後にしてもらいました。それまでの間は、娘の幼稚園の運動会にも参加せずに、私は運命の日を待つかのような気持ちで過ごしていました。 10日後の採血では、悪い予感は当たってしまい、肝機能がさらに上昇していました。また、血液が固まる速度が遅いため脳出血の可能性もあるとのことでそのまま入院となりました。と、同時にシトリン欠損症の遺伝子検査の結果も出ていまして、先生の予想とは違い陽性の結果でした。 シトリン欠損症の知識がありながらも一度は遺伝子検査をしないということを了承してしまったことは、みすみす息子を危険に晒してしまったことだと今でも申し訳なく思っています。 幸いなことに緊急入院から1週間ほどで肝機能も回復していき、2週間で退院することができました。 退院後は必須アミノ酸強化MCTミルクと母乳を両方飲んで、体重増加も順調。 2歳半から保育園に通うようになると、風邪を貰うようになり、1年に2回ほど低血糖と脱水、アシドーシスの状態で入院になりました。点滴をすれば回復することが多く、ほとんどは2~3泊の入院で済んでいました。簡易血糖計測の器械を購入しようかとも考えましたが、入院できる総合病院が自宅から徒歩15分と近いところにあったので未だに買っていません。 3歳頃には「入院したい」と自分の体調が言えるようになってきました。 6歳の現在は入院することも少なくなり、体力もついて空手とサッカーを習っています。習い事の前にはチーズや唐揚げを食べて元気いっぱいに活動しています。お刺身とマクドナルドが大好きな小学生です。 また、SNSを通して知り合ったお友達からMCTパウダーやオイルが良いよと聞いて、使うようになってから疲れやすさが改善している感じもします。 ただ野菜をほとんど食べないからなのか、たびたび口内炎に悩まされています。炭水化物は食べなくて良いのに、野菜は食べなきゃいけないと理解させるのが難しいです。 肝移植を受けた現在11歳の姉のほうも現在元気に制限のない生活をしています。免疫抑制剤3種類を含め6種類の薬を服用し、1年に1回の全身麻酔での検査入院はありますが、週3回は新体操の競技クラスで練習、週末は百人一首の会でかるたの練習をしております。 私の拙いこの文章を読んでいただいている方の中で、自分のお子さんがシトリン欠損症と診断をうけてこのページにたどり着いた方もいらっしゃると思います。 [...]

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