私の確定診断までの状態とこれからの望み

私の確定診断までの状態とこれからの望み

患者談

以下はお寄せいただいた個人の体験談です。必ず主治医と相談し適切な判断を仰いでください。

私が生まれて間もない頃、急に黄疸がひどくなり東北大学病院へ緊急入院をしました。診断の結果は「ガラクトース血症」ミルクや母乳に含まれる乳糖という糖にある成分の一つガラクトースが代謝できずにずっと体に蓄積されてしまう病気です.

それでも、病院から処方されたガラクトースが除去されている特殊ミルク等のおかげで、異常なほど黄色かった肌が日に日に通常の状態に戻っていき、
看護師さんからは「色白さんだったのね!」と言われた時はとても嬉しかったと母は言っていました。

黄疸や数値が正常になりつつあり、一度はガラクトース血症と診断されたものの、少ない量ではあるけれどガラクトースを分解できているという見解になった時に、病院側としては何故そうなったのか原因を調べたいので、原因がわかるまで入院してほしいと言われたそうです。が、父と母は猛反対をして特殊ミルクの処方は継続しつつ自宅療養との事で退院したそうです。もし原因がわかるまで入院の道を選んでいたら、13才になるまでずっと大学病院にいたのかなと思うと、退院を希望した両親に感謝するほかありません。

そして離乳食を終えて完全に通常の食事を取り始めた頃から、シトリン欠損症特有の偏食が少しずつ現れてきました。ジュースは飲まずごはんや麺類を異常に嫌がる。ごはんを出されても少しだけしか食べず、おかずばかり食べたがる。傍から見ればとてもワガママな子と思われていたかもしれません。母はガラクトース血症になった事に原因があるかもしれないと判断して、あまりごはんを食べる事を強要しませんでした。

当時の私としては、どうして私はごはんや麺類を食べると気持ちが悪くなるんだろうと思い悩んだ事は無く、それでもずっと体の中に泥が沈殿している感覚だったので、自分が飲食を選べる時はごはんは拒否しておかずを重点的に食べて、飲み物はジュース類を選ばずお茶かお水を飲んでました。物心がつく前から炭水化物を食べると胃の中がモヤモヤするのが私の中では「普通」でしたので、それがおかしいとは思っていなかったのが現状でした。もしかしたら、それが変な事だと思わないように制御して、変な事だと自覚した所で、今の自分には何もできないと思っていたのかもしれません。

あと常にお腹が空いている状態でもありました。そして本当に体調が悪くなって弱気になった時には誰かと私の体を交換してもらいたい。その誰かに今の自分の体の状態を体験してほしい。もしかしたら自分は今とても頑張っていて、本当は誰とも違う感覚で生きているのかもしれない。と、たまにほんの少し考えていました。

それでも、元来の気質的に内に籠る事は無く友達と近所の田んぼを駆け回り、習い事はそろばん、エレクトーン、バスケット等々気になった事はどんどんチャレンジしてみたり割と活発な子供時代を過ごしていました。

そして中学に入学する頃、赤ちゃんの頃お世話になった東北大学病院から手紙が届き、その内容が乳児期にかかったガラクトース血症の原因の一つにシトルリン血症という現在研究中の病気があるのではないかという仮説が立ったので実証の為に採血検査をさせてほしいとの事でした。

わけもわからず、とりあえず採血して検査してもらうとその仮説の通り自分は「シトルリン血症成人Ⅱ型」との事。そして今までの偏食の全てが病気に起因する事を説明して貰った時、これからはごはん食べたら気持ちが悪くなるとちゃんと言って拒否して良いのかとほっとしました。

その頃からだんだんと体調を崩しやすくなったのですが、今考えると元々具合悪いのに我慢して学校に行っていたけれど、もう我慢しなくていいのかと肩の力が抜けてしまった事と、生理が始まってホルモンバランスが乱れていたかもしれない事と、小学生の時は勉強の事なんて気にせず眠くなったら早い時間にすぐ眠る生活でしたが、中学生になるとテスト勉強が始まり、夜遅くまで勉強していないといけないライフスタイルになってしまったという色々な環境の変化で体調がガタガタ崩れていたのかもしれません。あと、土日は友達と遊びたい!という気概で全力で遊びバテるという状態も追加で(笑)

自分が病気とわかったものの、クラスメイトには当時何も言ってませんでした。変な子と思われるのが嫌なのではなく、この時期に言ってもきっと理解はしてくれなさそうだし、理解できずに逆に茶化されでもしたら困るので言わなくていいかと判断していました。無意識の自己防衛のためか、ヘラヘラしつつも人に対しては小さい頃からシビアに見る癖がついていたのかもしれません。そんな人は人、自分は自分を信条に突き進んでいましたが、大人になってから周りも変化しているのでやっとサラっと言えるようにはなりました。

シトリン欠損症と診断されてこれからを生きる子供たちの一番の悩みどころはこの友達付き合いかなとよく思います。

なので、患者会で「友達は、多ければいいというわけではありません。自分の事をちゃんと考えてくれる良い友達を見つけて下さい」と言った事もありました。

この偏食やバテやすさはきっと一生続くものになります。そして、シトルリン血症を発症して肝移植は避けたいです。何故発症するのか、何をすれば発症を抑えられるのか様々な研究結果がわかるのが一体いつになるか私にはわかりません。それでも、シトリン欠損症の子供はマススクリーニングによって発見されて患者が増え続けています。私が生きている間に全てがわからなくとも、ずっとこの病気に対する研究が続いてほしいそして知名度が少しでも上がればシトリン欠損症と診断された子供達が過ごしやすい環境になるのではないかと願ってやみません。